公共広告機構の歴史
公共広告機構は、AC公共広告機構と呼ばれ、公的な資金を一切受けずに、約1300社の広告関連会社や、個人会員からなるボランティアによって構成されている非営利組織です。
公共広告機構は、1970年にサントリーの社長によって提唱され、1971年に有志によって大阪に団体が設立され、初の公共問題キャンペーンが、新聞とテレビで行われました。
1975年に東京に移転して正式な社団法人となるまでには、障害者、高齢化、福祉などの問題を会員となっているそれぞれの広告会社でとりあげました。
その後も今日本が必要としているテーマとして、食料資源、ゴミ、青少年、家庭教育、などに着目し、自主的な広告キャンペーンを毎年繰り広げています。

